私の好きな人 弓場さつき オカリーナ奏者 古くから伝わる楽器に新しい息吹を吹き込む若き才能 Part 2
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夢は、日本のオカリナ環境を変えること
- ちなみに、トリプルのオカリナはいくらするんですか?素材は土なんでしょうか。
弓場さん:だいたい10万円前後で、素材は他のオカリナと同じく土です。陶器なので扱いによっては割れることもありますし注意が必要ですね。くっつければ修復可能なのですが、割れ方にもよります。
- 話が少し逸れましたが、福岡に戻ってからの目標ややりたいことというのは決まっていますか?
弓場さん:最終的な目標としては、自分が母親くらいの年齢になった時に、今の私の世代の人や子供たちが当たり前のようにオカリナを知っていて、当たり前のように触れられる世の中にしたいというのが一番大きいです。自分が子供の頃にはその環境がなかったので、周りの友達は誰もオカリナを知らなかったですし。それを自分の地元の子供たちに対してできたら最高だなと思います。
今までできなかった、例えば学校の子供たちにオカリナの授業をするとか、子供のための教室やイベントを作るとか、そういったことをしていきたいですね。
- マーケットを作る、裾野を広げるという姿勢がご立派ですね。例えばクラシック・ギターの世界の話ですが、箔をつけるために「クラシック・ギター」と呼んでいるのであって、本来は三味線のような立ち位置なんですよ。つまり酒場で聴くような民族楽器で、本来はクラシック音楽の仲間に入れないものだったんです。でもその立ち位置を変えたのがセゴビアという人で(編注:スペインのギタリスト。現代クラシック・ギター奏法の父と呼ばれる)、クラシック・ギターをを音楽大学で学ぶような楽器まで押し上げた人なんです。数十年の間にそれを成し遂げたんですよ。
弓場さん:高校の後輩がクラシック・ギターを学びにセゴビアの音楽院へ留学していて、単純にいいなぁと思ったのを覚えています。オカリナの世界で同じことをやりたいと考えているのが大沢さんだったり、若者のオカリナ熱が高いアジア諸国。韓国、台湾、中国などはレベルが高くて、日本がとっくに負けているくらいです。韓国はオカリナ普及し始めた時期は日本より遅かったと思うのですが、もうオカリナを教えている大学があるくらいなんですよ。韓国の大沢さんのような方がそれをそれをやってのけたんですね。日本でそれをやるなら大沢さんしかいない、と私は思っています。
オカリナ奏者になりたい子たちが当たり前のように学べる世の中にしたい、というのが私の一番の夢です。だから、ジブリ作品に出たいんです(笑)。
- それは声優としてですか?
弓場さん:というか、とにかく関わりたい。ジブリは自分にとって心臓のようなもので、すごく大きな存在なんです。オカリナをもっとたくさんの知ってもらいたい、私にとってその答えがジブリに繋がることだったら嬉しいな、という意味ですね。
オカリナのレパートリーはジブリからクラシックまで
- 昔は曲のレパートリーもジブリが多かったと思うんですが、今はどうですか?
弓場さん:クラシックは山梨に来てから初めて本格的に練習しました。フルートやバイオリンの楽曲を使うことが多いです。ただ自分がやりたい曲しか吹いていないんですけどね。
私の中ではオカリナって音色が好きな楽器で、皆さんもそう言ってくださるんですよ。だからその自分の好きな音で好きな曲を吹けたり聴けたりするのが、一番伝わりやすいから、ポピュラーなクラシック、例えばリストなら「ラ・カンパネラ」や「愛の夢」とか。
- 「ラ・カンパネラ」をオカリナで吹くんですね!
弓場さん:もちろんオカリナで演奏できることって限られています。ピアニストの後藤さんと「これをオカリナで表現するにはどうしたらいいか」と相談して、オカリナでもこんなことができるよということに挑戦しています。
- 演奏をするにあたり、譜面から入るんですか?耳コピもお強いようですが。
弓場さん:一応譜面からです。でも元々耳で聴いた原曲のイメージをオカリナで再現するという点は変わりませんね。バッハの「シャコンヌ」なども吹きたいんですけど、どう吹くかまだ悩んでいます。重厚な感じの曲はなかなか雰囲気が出しにくいんです。オカリナは音色が鳥みたいに軽やかなので。だからいろいろなオカリナを使ってみたりして試しています。
- この人、セゴビアはギターでバッハをたくさん弾いていて、ギター向けの編曲もこの人がかなり進めました。それまではクラシックでは使われない楽器だったんですが、バッハの「シャコンヌ」をギターで弾いたら「クラシックギターの編曲もいいね」となったんです。
弓場さん:私は元々クラシック・ギターが好きなので考えてもみなかったです。オカリナはそういう意味で今、発展途上にある楽器。トリプルオカリナが一般的にお店で買えるようになってまだ7年で、仕様もどんどん変わっていますし、その変化の中にいられるのはとてもしあわせだなと思います。
オカリナの難しさと面白さ
- オカリナ自体は歴史の古い楽器なんでしょうか?
弓場さん:オカリナの歴史はまだ百数十年です。土をこねて焼いて作った楽器というものは恐らく太古からあったと思うのですが、19世紀にイタリアのドナーティさんという方が鳩笛に音階をつけ、イタリア語で小さな可愛いガチョウという意味の「オカリーナ」の名前を付けたのが始まりと言われています。
オカリナの造形にもこれまでにいろいろな試みが行われていて、サックスのように吹き口を曲げてみたり、複数管の原型になったのではと思うような2つをくっつけたようなオカリナもあるにはありました。押さえるところにキーを付けてみたり、チューニング管を抜き差しして音程を調整するものを付けてみたり、いろいろやったようなのですが、今それが生きていないということはダメだったんでしょうね。
- 土以外の素材で作ってはダメなんですか? 割れやすさなどの問題は解消できると思うのですが。
弓場さん:たぶん他の素材だと、オカリナである意味がないんだと思います。土笛に音階を付けたというのが始まりなので、そこが変わることはないんだと思うんですよ。木になっても、鉄になっても音色が変わってしまうので。
- 楽器によって長所短所というのがあると思うのですが、例えばギターは持ち運べる、旋律も弾ける、和音も弾ける、でも弦が6本しかないということと、音量が小さいという致命的な欠点があるんです。バイオリンの方が音がずっと大きいですから。オカリナはどうですか?
弓場さん:長所はやはり持ち運びの利便性と、土でできていて他に真似できない音色でしょうか。どの楽器もそうだと思いますが、土でできた楽器は他にないので。だからこそ太古の昔から人間が聴いてきたような落ち着く音色を出せるんです。
音量の面では、サイズの割に結構出ます。ものにもよりますが、意外と通る音なんです。息が直接通る構造ですから息次第で何倍にも音量が飛んでいきます。音域的にも、他の楽器より基準が1オクターブ高いです。
- 実際同じ楽譜を使っていても、出ている音はオクターブ上なんですね。電話の呼び鈴や木琴、鉄琴のようにカーンと飛ぶ音ですよね。
弓場さん:はい、甲高く抜ける音なんです。あとは原始的な楽器なので、短所としては、強弱がつかないので音楽表現的に乏しい点と、焼き物だから個体差の激しさがあります。製作技術が上がってきて、だいぶ個体差は少なくなっています。
- 大沢さんのオカリナはどこで作られているのでしょうか。
弓場さん:中国の工場で作られています。台湾のフォーカリンクという会社と協力して作られていて、その工場が中国にあるんです。作る技術も関わっている工場の従業員の数も、中国はやはりすごいです。最終的には穴の大きさで音程を調整しますが、その技術も非常に高いです。
弓場さんの今後の活動予定
- 弓場さんは練習は1日何時間くらいするんですか?
弓場さん:1日あたり固定で何時間、とはなかなか取りにくいんですが、できる時にできることをするという感じですね。移動しながら曲を聴くとか、譜読みをするとか。
- 2013年のファーストアルバム「Strada(ストラーダ)」は完売しているようですが、今後音源のレコーディングなどのご予定は?
弓場さん:2017年は楽譜と模範演奏CDを出しましたが、2018年にはまたアルバム出したいなと思っています。
- 演奏活動の方はいかがですか?
弓場さん:リサイタルは山梨と福岡で年1回ずつのペースでやっていて、コンサートでは全国いろいろなところに伺う機会をいただいています。
- そうしてゆくゆくはオカリナの“弓場一門”ができていくのかもしれませんね。先ほどのお話を伺って、「オカリナの裾野を広げていきたい」ということでしたが、私はてっきり弓場さんはもっと演奏家になっていきたいのかと思っていたんですよ。
弓場さん:もちろんそうですよ。もっともっと自分の技術も磨きたいですし、でもそれを続けていくことが最終的にオカリナ界の未来につながっていればいいなと。えらそうなことを言いますけど(笑)。でも私のように若造だからできることもたぶんあるんですよね、親しみやすく伝えていくこととか。(演奏も普及活動も)どちらも欲張りたいですけどね。
- バンドのような形でやりたいのかな、と勝手に思っていたんですよ。
弓場さん:それもやりたいですね。最終的に思うのはオカリナをもっと知って欲しいということなので、あまりそのプロセスについては考えていないです(笑)。今から出会う仲間によってはイケイケのバンドの音楽をライブハウスでやるという方向に行くこともあるのかもしれないし、もしかしたらもっとクラシックの世界にどっぷり入っていくのかもしれない。出会った方たちと出会った方向に行っていたら、辿り着くんじゃないかなと思っています。
「音=人、音楽=人生」という師匠の言葉
- ちなみにこれまでに大沢さんから教えられたことで、最も印象に残っていることは何ですか?
弓場さん:最初に福岡に大沢さんがいらして食事に行った時に、メモをしていた言葉があって。「音=人、音楽=人生」というのをしきりに大沢さんが言っていたんですよ。結局、音というのはその人が表れて、音楽というのはその人の人生が表れる、ただそれだけだから自分が何を経験したかによって、その音楽が受け入れられるか、あるいはどう受け取られるかは変わってくる、ということ。私はそれまで、音楽大学など皆で音楽を学ぶ場所に入ることがなかったのですが、だからこそ皆と違ういろいろな経験ができていて誰より幸せなんじゃないか、という考え方に大沢さんが持っていってくれたのが、私にとっては良かったですね。
それを聞いたからこそ、私はいろいろな所に足を運んでみようとか、音楽に関係ない所でも時間を使えたので、それはこれからも続けたいです。
- 弓場さんのすごい点は、ずっと道を切り開いていっているところですよね。
弓場さん:切り開いている方をずっと見ている、ということだと思います。だから素晴らしい師匠に出逢えて山梨に来られたことはすごくしあわせに思います。
- 山梨に来て6年、ひと段落で、ちょうど医学部に6年行って卒業したくらいですね。
弓場さん:そうですね。やっとスタートラインに近づいてきたような気持ちです。まだまだ始まったばかりですし、これから何が起こるのかとても楽しみです。これからも自分の信じた道を突き進みながら、人としても音楽家としても、成長し続けたいと思います。