私の好きな人 【クリーニング志村 代表取締役社長 志村優さん】 創業70年の老舗を継いだ同級生の生き方と戦い方。Part 2
クリーニング志村が選ばれる理由は「接客」と「アクセス」
- 今、山梨県のクリーニング業界はいかがでしょうか。
志村さん:価格帯としては、先ほどのトヨタカローラのように利用しやすいところで似たり寄ったりですが、ホワイト急便さんがほんの少し低いです。10円、20円くらいの価格差の中にいますね。
うちはその価格だけでやっていますが、他社さんはスラックスにもスタンダード、シルバー、ゴールドといったようなクラスを設けています。
- 3段階で結構違いがあるものなんでしょうか?
志村さん:正直、そんなに必要ないかなと。うちで一番高いのは「汗抜きダブルクリーニング」といって、7割増しの価格のコースです。
通常ドライクリーニングしかできない衣類に、ドライクリーニングの後にデリケートな水洗いをするというもの。これをやると本当にきれいになって、衣類にしみついている汗汚れも全部取れるのですが、洗い終わった後に縮むんです。それを元に戻すのがすごく大変で、アイロン作業の時間が通常の2倍かかる。だから本当は1.7倍じゃなく2倍の金額をもらいたいところですけど、そうしないのは、そのクリーニングをやると衣類が長持ちするから。衣類がだめになるのは、摩耗を除くと、汚らしくなってくるからなんですよね、白物が黄ばんでしまったりとか。汗抜きダブルクリーニングはそれを防ぐので、衣類が長持ちするんです。
僕らの仕事は衣類のケアをすることなので、ドライクリーニングは確かにいいけれど、お客様が望んでいるのは単に洗うことではなくて、元の状態により近づくこと。法律上で定義されている「洗って仕上げた」で済ませていると、衣類はいずれ劣化しやすくなって、寿命が短くなる。でも汗抜きダブルクリーニングをすれば、うちは儲けは少なくても、お客様にとってみれば衣類が長持ちして得をするということになる。
- 山梨で同じサービスをやっている会社はありますか?
志村さん:やっている会社はあるけど、うちほど売っている会社はないと思います。全国的に見てもうちほど売っている会社は珍しいです。店頭でポップを出してもお客様はあまり選択しないですが、スタッフがお勧めすると「じゃあ」ということになるんですね。
- 山梨県内だと他にどんなクリーニング店があります?
志村さん:オスカーさん、ホワイト急便さん、すわんさん、せんたくクラブさん、すずやさん、クリーニング403さん、あとサンクリーニングさんというのがあったんだけど、そこは後継者難で先日店を畳みました。そこをオスカーさんが引き受けたという話があります。
- その中で、お客さんがクリーニング志村を選ぶ理由というのはどのあたりなんでしょうか。
志村さん:うちは毎年秋にアンケートを取っていて、今年は量が多くてまだ分析できていないんですが、過去3年で志村を選ぶ1番の理由は一貫して「接客が良いから」、次が「近さ」。
- 経営者として考えた時に、お客さんの話を聞いてみると、自分が意図した以外の結果が出てくることもありますが、その接客の良さというのは、志村さんの意図と合致しているんですか?
志村さん:合致していますね。僕が戻ってきた頃、会社が生き残るためにはシミ抜きよりも先に「接客しかない」と言い切っていました。
白洋舎もノムラクリーニングも、うちも、実際にクリーニングした商品を見比べたら差なんて絶対分からないんですよ。内側を知っている人は別ですけど。でも、10回クリーニングに出していくと少しずつ分かってきて、30回とか40回出していくうちに、ちょっと品質に納得のいかないこともあるかもしれないし、ないかもしれない。でも、接客だけは一発で「ムカつく」と分かるし、そうなったら「二度と行かない」となる。
一見さんでは難しくても、2、3回店に行くうちスタッフに対して「この人、デキるな」と思うことってあるんです。例えばワイシャツを持っていった時に、「いつもの通り畳み仕上げでいいですか?」とか「今日もお急ぎにしますか?」など、お客様が言う前に察してあげる。そういうのがあると嬉しいですよね。言わなくてもできる人も多くて、下手をすると駐車場に入ってきた車のナンバーを見て、そのお客様の商品を出しておくとか。
- 人材がそろっているということでしょうか。
志村さん:元々いい人が多いというのもありますが、数字を意識するように働きかけたり、「笑顔の接客」とは具体的にどういうことかを話し合ったりして、更に接客の質が向上してきたんですね。
僕の経験ですが、僕が22歳の頃、仕事帰りに今の妻と居酒屋に行って、生ビールを2つ持ってきてくれた店員さんに「今日も1日お疲れ様でした!」と言われて、すっごく嬉しかったんです。それまで学生だったのでお疲れ様という言葉をサラッと流していたんですが、その時は本当に疲れていたので、その言葉がすごく沁みちゃって。挨拶や声掛けって大事なんだなと思いました。
「足元に気をつけてくださいね」とか言われた方は「気にしてくれてるんだ」と思うから、そういう一言を「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」にプラス・アルファで言えるといいよね、となるべく具体的に説明するようにしています。
- そういった積み重ねがアンケート結果に出ているんですね。もう1つは「近さ」、アクセスですが、店舗が多いですね。支店という形なんでしょうか。
志村さん:大きく分けて営業形態は3つあって、1つは完全な直営。建物もうちで借りて、人もうちで雇用して、経費ももちろん会社持ち。
もう1つは委託で、昔ながらの家の一角を改装したタイプの店舗です。改装費用は折半か向こう持ちで、こっちは売り上げに対する手数料だけを払う。その代わり営業時間などは融通が効く。
もう1つは最近増やしているオーナー制。土地・建物を借りるのは会社、光熱費や販促費も会社持ち、人の手配だけオーナーが担当するというもので、営業時間は必ず誰かいてもらうということです。
- オーナー制はずっとあるものなんですか?
志村さん:父の時代から始まっていて、最初は5〜6店舗くらいでした。今は直営もオーナー制に切り替えていったり、最近出店しているところは全部オーナー制。労務費の部分で、必ず開店していることでかかる時給などの費用も含めた最低保障を付けて、絶対に損はしないようにしてあげる。でも売上がある一定額を超えたら歩合にして、その方が高ければそっちで払う。最低保障の方が高ければそれで生活を保障すると。
この方法で助かるところは、会社側がシフト管理をしなくていいし、オーナーさんも責任感のある方々なので、かなり長く担ってくれます。お客様にとってはスタッフがいつも同じ人だから便利で安心感が高いんです。
自社のシェアを地図で計算して、次の出店戦略を練る。
志村さん:先ほどの「近さ」の話、売上を上げるためには出店もしなくてはならないのですが、僕が戻ってきたばかりの頃は出店しても失敗続きだったんです。
売上も下がって、それまでのお店は黒字のところばかりだったのに、赤字のお店が3つ続いてしまった。それで会社が傾くまではいかなかったですけど、うちの仕事の場合、ヒット商品を出して一発逆点ができる製造業と違って、そういう方法がないんです。去年悪かったら今年も悪いし、回復する見込みは基本的にない。既存のお店の売上をジワジワ増やすには地道なポスティングなどしかないんですが、その中でも出店することが唯一、一発逆転に近いんです。
そこで赤字の3店舗を分析した時に、失敗の理由が分かってきたんです。1つ目の南アルプス市のお店の問題は地域性で、同市内に既に3店舗あったんです。そこそこ離れてはいたんですが。
- クリーニング志村が3店舗、ということですね。
志村さん:はい。それまであまり関係ないと思っていたんですが、その地域でのシェアを調べてみたんです。その3店舗が南アルプス市に持っている会員数と世帯数の割合を比較したら、35%でした。
- それはかなり高い数字ですね。
志村さん:つまり、既にかなりのシェアを占めているところに更に1店舗追加したら、会員が急激に増えるはずもない。だからいっても5%、合計40%くらいしかならないので、それは売上が上がらないわけだと後々分かりました。
もう1つは、人口が少ないエリアだけど家賃が低い店舗。固定費が下がれば売上が伸びるだろうと考えていたんです。でも地図を見ると、川とバイパスに挟まれていて、川やバイパスを渡ってまで来るお客様はいないので、その間のエリアのお客様だけ。店舗からの半径のエリア内の人口も大事だけど、動線が必要なんだということが分かりました。
3つ目も同じで、そこそこシェアがあるエリアに出店してしまって、なおかつ近くの道が一方通行で駐車場もない、そして家賃も高かった。
だからまず、自社のシェアがないところ。他社のシェアがあってもいいから自社のシェアがなくて、動線がしっかりしていて、家賃が安いところ。こんなの当たり前だろうという話なんですが、この失敗でやっと分かって、地図を作ったんです。
ランチェスター戦略をちょっとかじって町ごとのシェアをまとめた地図で、青が26.7%、オレンジが19〜26.7%、ピンクが10.7〜19%、黄色が10.7%以下と分けていった時に、エリアごとの強さや弱さ、傾向や特徴が分かりました。
じゃあ次にどこに出店するかという時に、既存の工場とのアクセスも踏まえて、この辺りがいいけど物件がない、じゃあこっち、でも既存店と近すぎないか、など色々調べました。その分析に基づいて出した店舗は、結果、大成功でした。
- 面白いですね。ランチェスター戦略は地域を集中して投下していくもの。志村さんの場合は実際にやってみた結果から判断しているので、35%くらいのシェアだと他のエリアに出店した方が効率的だと実地で学ばれたんですね。
志村さん:そこもポイントで、100%は絶対にいかないんですよ。なぜならクリーニングは100人いたら100人が使うというサービスではないから。宝石に興味がない人がいるように、クリーニングにも興味がない人がいて、「セーターは家で洗うもの」と言われてしまう。
- ファストファッションが増えているということもあるかもしれません。
志村さん:じゃあうちの仕事を必要とする人はどれくらいかと考えた時に、恐らくですが4割と思っていて。この数字がどこから来ているかというと、本店のエリアが4割で、本店で4割なら他でそれ以上は取れないと思ったんです。
- 実地から出た算数ですね。
志村さん:だから地域シェア35%というのは、ほぼほぼ満点。8割以上を取っているんだからそれ以上はもう無理だと。
- よくウォルマート(編注:アメリカ拠点の、世界最大のスーパーマーケットチェーン)が片田舎の町なんかを戦略的に攻めていく話などを読むんですが、志村さんが自分でそういうことを考えてやっているのを聞くと興奮しますね。
志村さん:僕自身にも言えることなんですが、月に2回以上行っていたホームセンターがちょっと遠くに移転してしまって、行く頻度が3〜4カ月に1回しか行かなくなってしまった。
行きたい用事はあるんですけど遠くなった途端に行かなくなるということは、人口がある程度以上ないところにいくら店舗を出しても、シェアは取れても絶対数が取れなければ儲かる店、維持できる店にはならないので、やたらめったら出店できなくなる。そういうことも逆に気づいてしまいました。
- 接客やアクセスが大事ということでしたが、品質の面では差がつきにくいと思っていいんでしょうか。
志村さん:他社が近くに出店してきていると、クリーニングをお願いしてみたこともあります。正直、よくこれで納品するなと思う時もあって。先ほど、見ただけで仕上がりは分からないと言いましたけど、そんなことはないなと思うクオリティーの時もあるんです。ちょっと無茶しすぎなんじゃないかなと。
コインランドリー、そして会社の未来
- 志村さんの代でコインランドリーも始めたんですよね。
志村さん:お世話になった大阪のノムラクリーニングさんに倣ったんですけどね。元々大きい会社だったのが一時低迷したことがあって、でもコインランドリー事業を始めたことでV字回復して、今は無敵艦隊みたいな会社になっています。
- コインランドリーを使う層というのがある、ということなんでしょうか。
志村さん:それについては、どんな人が使っているのか正直自分も分からないんです。業者さんに聞いても「使う人は使うし、使わない人は絶対使わない」という答え。でも、コインランドリーって、使えば分かるんですけど、すごく便利。僕は本当は家の近所に出したいくらいなんですけどね。車で5分のところにあったら年間で何回も使うと思います。
例えば長雨で洗濯物が溜まっている時、2人暮らしくらいなら気にならないですが、子供がいると洗う物が格段に増えるんです。着替えもタオルも増えるので2日洗えないと追いつかなくなっちゃうから、しかもコインランドリーなら普通の洗濯機の2回半分くらいを1回で洗える。
- 初期投資は大きそうですが、利回りはどうですか?
志村さん:初期投資は大きいです。利回りはちょっと分からないんですよね。家賃だったら何割埋まれば、ということだけど、コインランドリーの場合は売上が確定していないんですよね。最大値はこのくらいというのは分かるんですが、最大値なんてあるわけないから。このくらい来ると思う、という予測値でやるので。
うちは初期投資に結構お金をかけている方なので、回収には10年かかります。その間、利益がないので、体力がない人が手をつけるとリスクが大きいです。僕らの業界では今コインランドリーがブームでオーナーさん募集中というのをよく見ますが、たぶん3年後くらいに中古市場にたくさん出回ってくるだろうから、それを待とうとも考えています。本部は売れば儲かるけど、売り逃げしちゃうので、フランチャイズオーナーが一番危険な商売です。
その点うちのオーナー制のオーナーさんたちは、経費がほぼうち持ちなのでリスクはない。うちがもし店を閉めるとなったらその先の職はないけれど、借金を抱えることはないんです。でも、コインランドリーのオーナーさんは借金を抱えるから。この間うちのオーナーさんから「なんでこんなにリスクがないんですか?」と言われて初めて、そのことに気づきました。リスクがあるとやってくれないからそうしてるんですけどね。
- 志村さんは今37歳。ここから先、具体的なビジョンはありますか?
志村さん:正直僕も今悩んでいることなんですが、一番不安なのは人口減少。人口が減少すると働き手もいなくなるし、市場がそもそもなくなる。(それによって)今のビジネス規模を維持できないかもしれないというのはすごく不安です。
だから、都会に進出したいけど、都会は都会で競争が激しいし、隣の芝生が青く見えているだけで実際に行ったらレッドオーシャン、山梨がブルーオーシャンだということに気づいて帰ってきたら、ボロボロのところに大手資本にやられて回復できません、みたいなことにならないかとか。だから何が最善の手かは分からない。
でも、最近思うのは、これという事業はないけれど、山梨の人たちのお役に立てるような事業をすることによって企業規模を微増でも増やしていって、働いてくれている人にやり甲斐や誇りを感じてもらえるような、そんな会社にしていきたいですね。
- 等身大の、同世代の経営者の声が聞けた気がします。
志村さん:うちは人が全てなので、本当にそこが一番大事ですね。